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忘れられた日本の誇りがここにある--FLASHなどblog版

失われた60年先祖の誇り
忘れられた日本の誇りがここにある Powerd By ものづくり日本横丁
このコーナーは
フラッシュ【残したい日本人の誇り】
世界の中の靖国神社参拝とは何か?
【大東亜戦争が自衛戦争である根拠】
の3コーナーがあります。

●フラッシュ【残したい日本人の誇り】
我々が今を生きている為に、尊い命をかけた先祖達がいます。いったい何の為に命をかけたか。
日本民族の誇りを後世に繋げるために捨てた命を今我々は意味のあるものにしているだろうか?
■FLASHコーナー 【残したい日本人の誇り】
高砂義勇伝
 【台湾との友情】

大和心とポーランド魂
 作者【ポーランドとの助け合い】


日本とトルコ
フラッシュ作者sim サイト消失 【トルコとの助け合い】


杉原千畝と命のビザの物語
 作者
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神風特別特攻隊・フィリピン編
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


極東国際軍事裁判←japanese
 the International Military Tribunal for the Far East←English【別ベージのフラッシュをご覧ください】

台湾が愛した日本人
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


回天特別攻撃隊
 作者
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


所感日本軍戦士達の遺書
作者
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


大東亜、アジアのために
【作品名不明】作者RAN RAN様 工事中?
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


大和①
 大和②
 大和③
【作品名不明】 作者RAN RAN様 工事中?
【別ベージのフラッシュをご覧ください】


⑫大日本帝国の最後
 
 
 
 作者
【別ベージのフラッシュをご覧ください】

パラオ
 作者
 【別ベージのフラッシュをご覧ください】


おまけ
①米国皇帝
【別ベージのフラッシュをご覧ください】

②英霊の言乃葉1
 HP
【別ベージで開きます。フラッシュではありませんがHPと合わせ是非ご覧ください】


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●世界の中の靖国神社参拝とは何か?
あまりしられていないようだが靖国神社に公式参拝した国は以下の通りである
-----参考靖国神社に公式参拝した国-----
・アメリカ
・フランス
・イタリア
・スイス
・フィンランド
・ポーランド
・ルーマニア
・ロシア
・ドイツ
・リトアニア
・スロベニア
・チリ
・ブラジル
・アルゼンチン
・トンガ
・スペイン
・ペルー
・オーストラリア
・イスラエル
・インドネシア
・スリランカ
・タイ
・インド
・トルコ
・ベトナム
・カンボジア
・シンガポール
・台湾
・パラオ
・エジプト等 第二次大戦の『戦勝国も敗戦国も両方含んだ世界中の国々』。
追加国
■ソロモン首相、靖国神社参拝
ソロモン首相、靖国神社参拝
 南太平洋・ソロモン諸島のケマケザ首相が10日、東京・九段北の靖国神社を参拝した。
 日本ソロモン友好協会によると、ケマケザ首相は「日本とソロモン諸島の共通の文化は先祖に感謝すること。英霊が祭られている場所を拝見したい」と述べ、参拝を希望したという。
【2005/07/12 東京朝刊から】

----靖国豆知識----
●ちなみに日中国交正常化させた【田中角栄元総理】も公式参拝しているし、当時は全く問題に成っていない。
●日本のマスコミでは報道しないが、自国相手国を問わず、戦没者には慰霊するのが国際的なスタンダード。
●誰がA級を等級として翻訳したか知らないが、A級とは日本でいう学校のクラスと同じであり、その戦争に対した区分を分けたものである。
●日本が戦った東アジアの相手は、現在の中国にあった【国民党軍】であり、現在中国を一党支配している共産党軍ではない。
●当時の朝鮮国との戦争はなく、問題に成っているのは、韓国を併合した時の日本の対応であるが、朝鮮半島諸国以外では、日本の併合について評価は高い。
資料を別ページで表示
資料2日本統治で様々奪ったという韓国(統治前と統治後の写真比較)


●大東亜戦争が自衛戦争である根拠】
我先祖生きて我活きる【大東亜戦争が自衛戦争である根拠】
 昭和弐六年5月6日、ニューヨークタイムズ紙の記事によって、【大東亜戦争】は、侵略戦争の汚名を解かれ、自衛戦争であった事が証明された。
 戦後を生き残った人々の孫世代である私が、日本人として誇り高く生きる事を約束された。

 記事が発表される3日前の昭和26(1951)年5月3日、朝鮮戦争に於ける米国上院軍事外交共同委員会の場で、マッカーサーGHQ最高司令官が、朝鮮戦争に於いて、支那海上封鎖戦略について答弁を行った。

質問者
 五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。

マッカーサーGHQ最高司令官
 その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
 潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
 これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
 日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
 もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』。

 この答弁内容は、3日後の5月6日、『ニューヨーク・タイムズ』紙に全文が掲載された。
繰り返すが、この日をもって、東京裁判を開廷した当事者マッカーサーの発言によって【大東亜戦争】は「自衛戦争」であると結論付けられたと言ってよいでしょう。

戦争へ向う日本

 昭和16(1941)年9月6日に開催された御前会議に於ける永野修身海軍大将の発言によると、米国が日本に突き付けてきた事実上の最後通牒『ハルノート』を甘受し、米国に屈服し戦争を回避するか、何もせずに時勢が好転するのをじっと待つか、或いは、対米開戦に踏み切って戦争の中に活路を見い出すかについて、熟考の末こう発言しています。

「戦わざれば、亡国と、政府は判断された。戦うもまた亡国であるかも知れぬ。戦わざる亡国は魂まで失った亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見いだしうるであろう。戦ってよし、勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再起、三起するであろう」

 進むも亡国(敗戦)、退くも亡国、同じ亡国なら「皇国の興廃」を賭けて戦い、せめて、日本人の「民族としての誇り」(日本精神・日本人の気概)だけでも後世に残そうではないか、と言っています。
 視点を変えれば永野大将が、米英との戦争は「勝ち目」の無い「負け戦」である、と言っている事がわかる。
 ここで結論付けられるのは、「侵略戦争」をしようなどという考えは、戦後に成って付け足された誰かの都合であるといえます。

また昭和十八年十一月には、アジアで独立した諸国の首脳を東京に招き、「大東亜を米英の桎梏(しっこく)より解放してその自存自衛を全うする」という大東亜共同宣言を発表、外相・重光葵は「日本の戦争目的はアジア解放にあり、この目的達成をもって日本は完全に満足する」と述べるのである。

 扶桑社の新しい歴史教科書について、最初に見つけたあえて言うなら歴史歪曲ポイントである。
 新しい歴史教科書は、研究者個々によって認識が違うこの事実を併記し、扶桑社独自の歴史観を子供に押付けるべきではない。
 太平洋戦争という呼称は、GHQが【大東亜戦争】という名称の使用を許可しなかったため、とって付けた名称であり、積み重なって出来上がる歴史という物の中で、「太平洋戦争」という名称を使い続けるのは、今なおGHQに占領されている認識を持っていると思われても致し方あるまい。
 戦後60年経過した今、アメリカがローマ帝国を踏襲しないように、【大東亜戦争】の評価をアメリカと日本が忌憚無く行わなければ成らない。
戦勝国と敗戦国が、手を取り合って先の大戦を評価する事は、見ていて平和でいいではないか。
 なお付け加えておくが、戦勝国と敗戦国の評価について、日本とアメリカ以外の第三国は関係ない。
 たとえ親日であっても、反日であっても、日本人でありたいと思う、同士国であっても。

ハルノートとは、

1、満州国を含む支那大陸、及び仏印から軍隊、警察の全面撤退。
2、大陸に於ける総ての権益の放棄。
3、三国同盟の廃棄。

 というようなもので、建国から10年を経過した満州国の放棄であり、当時の国際法上認められてきた日本の諸権益を投げ出して、アメリカに屈服し大陸から出てゆけということであった。

 この事については、事実上の宣戦布告であったとする考えが世界的に一般的であり、有名なパール判事の東京裁判での言葉によると、「このような苛酷な要求を突きつけられたならば、地中海の小国モナコと雖も銃を執って立ち上がるだろう」。
 というものであり、やはり「ハルノート」を事実上の宣戦布告と考えるのが自然な事である。
 またこの当時のアジアは、実質的に白人社会の植民地であり、その最後に日本を制圧し、日本の支配が及んでいた地域もろとも植民地化しようと白人社会が考えたとしても、何ら不思議な事はない。

※満州国とは
 「満洲国は日本が中国を侵略してつくった」という認識は間違いです。
 溥儀の教師であり、後に香港大学の教授やロンドン大学の東方研究所所長にもなった人物であった、イギリス人のレジナルド・ジョンストン卿は、清朝にずっと仕えていたので、内部事情にも非常に精通していました。満洲国建国の経緯や溥儀自身の意思も彼はよく知っていました。
 ジョンストン卿によれば、溥儀が父祖の地である満洲に戻って、そこの皇帝になったことをとても喜んだ。と『紫禁城の黄昏』という天下の名著をに書いています。
※ラストエンペラー上映時、教科書も出版している岩波書店から翻訳販売されました。
【販売の経緯はここ


 満洲は明らかに清朝政府(満洲民族の帝国)の復活です。満洲人の満洲人による満洲人のための満洲国を作りたかったんだけれども、それをやる能力がないから日本が内面指導したんです。大臣はすべて満洲人か、清朝の遺臣でした。首相だった張景恵は、戦後もずっと日本にたいして友好的な態度をとっていました。

 残念ながら、いま満州族には国家を再建するほどの人間は残っていないでしょう。日本人もせっかく国をつくるのを手助けしたのにと残念に思っていい。香山健一氏(学習院大学教授。故人)から聞きましたが、満洲人はいまでも涙を流すそうです。「われわれにも自分たちの国があったんだ」と。しかしもう戻らないでしょう。満洲国の血筋は消されてしまったわけですから。これこそ一種の民族浄化です。
【引用元 http://nipponsaisei.air-nifty.com/sakura/cat1318189/】

 このような事からアメリカが、日本を戦いの道に引きずり込んだ悪であるというようなアメリカ批判も見受けられ、アメリカもそのような民衆論調を恐れているように感じますが、現在と比較するには乏しすぎる、世界の情報分析力の低さが招いた、間違えた戦争であったと私個人は考えており、アメリカの認識不足は、マッカーサーGHQ最高司令官の考えが【侵略戦争】というものから、【自衛戦争】であると心変わりとも取れる変化があった事で推測できます。
 マッカーサーGHQ最高司令官が、【大東亜戦争】を「自衛戦争」であると認めたのは、朝鮮戦争後の事ですが、朝鮮戦争に赴き、北朝鮮の背後に控える中国とソ連の存在を認識してから、日本の置かれた東西に対する立場を理解したのでしょう。

 戦後、朝鮮半島は、北緯38度線を境界として、南には米国を後盾に韓国が、北にはソ連を後盾に北朝鮮が並存し、小競り合いを繰り返していたのですが、昭和25(1950)年6月25日、その均衡が遂に破られたのです。この日、北朝鮮軍が電撃的な「南侵」(韓国への軍事侵攻)を開始、総崩れとなった韓国軍は次々と撃破され、韓国各地が北朝鮮軍の手に落ちていきました。所謂「朝鮮戦争」の始まりです。しかし、米国が黙ってはいませんでした。
 米国は日本に進駐していた米軍(進駐軍)を韓国救援の為、朝鮮半島に急派し、同年7月には更に米軍を「国連軍」として増派したのです。とは言え、北朝鮮軍の勢いは留まる事を知らず、遂には米韓連合軍を釜山(プサン)周辺に迄追い詰めたのです。このままいけば、朝鮮半島は北朝鮮によって「祖国統一」していた事でしょう。しかし、「歴史」はそうなる事を拒みました。同年9月、仁川(インチョン)上陸作戦に成功した米軍が、北朝鮮軍を背後から攻撃した事で、今度は北朝鮮軍が総崩れとなり、勢いに乗じた米韓連合軍は、北朝鮮軍を支那・北朝鮮国境近くに迄追い詰めたのです。これで韓国による「祖国統一」が実現する筈でした。しかし、「歴史」はこれをも拒絶したのです。10月末、今度は、支那が北朝鮮救援を名目に介入、人民解放軍を「義勇軍」として大量に派兵し、北朝鮮軍と共に米韓連合軍を南へと押し戻し、昭和26年春頃から、北緯38度線を境界に戦況は膠着状態に入ったのです。


 GHQ最高司令官・マッカーサーは、朝鮮戦争勃発に伴って国連軍司令官をも兼任、米韓連合軍を指揮しました。
 彼は、朝鮮戦争を契機に、日本を「防共の砦」・「米国の同盟国」として、国家再建に方針転換した事に見られる様に、「反共」を旨としていました。ですから、朝鮮半島の「赤化」(共産化)等以ての外の事であり、北緯38度線以北にソ連・支那を後盾とする北朝鮮が存在する事自体、我慢のならない事でした。
 そんな彼の事でしたから、仁川上陸作戦後、優位に立った米韓連合軍をして一気に北朝鮮全域を制圧、朝鮮半島を韓国が統一し「防共の砦」とする事が悲願でした。そして、それは北朝鮮軍を支那・北朝鮮国境に迄追い詰めた事で実現する筈でした。
 それが、支那人民解放軍の参戦で崩れたのです。更に、どんなに北朝鮮・支那連合軍(以下、「共産連合軍」と略)を叩いても、その背後、「満州」(中国東北部)が兵站基地として機能し、更にその後ろにソ連・支那が控えている以上、どんなに攻勢をかけても戦況は遅々として好転しない事に苛立ちを覚えました。そこで、彼は初めて気付いたのです。
 アジアの独立に向け、白人社会及び共産主義と戦ってきた日本の立場を味わい、戦争は「自衛戦争」だったという事を知ったのでしょう。
【引用 Column of the Historyhttp://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/jiei_sensou.html

あとがき   【日本人が日本を愛するからこそ、日本は発展する。】


 近代化された日本の現代人と、大東亜戦争までを生き抜いた当時の日本人。
 今の教育からすると、大東亜戦争を生き抜いた日本人は、無条件に悪である。
 大東亜戦争や戦争そのものを賛美する気持ちは全くない。
 ただ、当時生きて来た日本人を賛美したい。
 戦争は、戦勝国も戦敗国も関係なく、悪い。
 だから二度と戦争を起こしてはならない。
 今日本人の多くは、敗戦であった大東亜戦争当時を自虐的に反省し、歴史教科書を見れば、日本人としての誇りを失う事ばかりで、中国と韓国の賛美ばかりである。
 日本の教育において、中国と韓国を賛美する事は異常な事であり、むしろ誇り無き教育を受けた、これからを担う日本人達は、先祖の誇りを守る意識も無く、むしろ戦争に向う気がしてならない。
 これの信憑性はともかく、こういう情報があるという事は、中国や旧朝鮮が日本という他国に、必要以上に干渉している可能性があるという事だけは言えるだろう。
日本の誇りを歪曲したがために、誇りという守るべき物を持たない現代日本人は、先祖の誇りを守るという意義は全くなく、汚す物が無いというのは、守るべき伝統が無いのと同じで、戦争であれ、何であれに通ずる、先祖の伝統と誇りを守るという何処の国でも持っている、抑止力として働く物を放棄したのと同じである。
 そうならないためにも、今日本は、日本人として、先祖に恥ずかしくない国と成るために、国の悪い部分だけではなく、先祖の誇りを汚すまいとする良い日本の歴史も残さなければならないのではないでしょうか?

Powerd By monoyoko

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