国家の世代交代
前回のアーカイブについて、いろいろな意見を頂いた。
今まで無関心だった方々が、批判であれ何であれ、関心をもってくれたのは喜ばしい限りです。
しかしながら、定年を迎えた方々の若い世代への考えは、無条件に若者を批判し、無条件に自分を正しいと賛美しています。
歴史というカテゴリがありますが、これは自分達の世代が行った事を自分達の世代で評価するのではなく、次の世代以降に評価を行い造られるものです。
前回のアーカイブについて、社会全体を説明する事は難しいので、一つだけ例をあげて団塊の世代が、これから行うべき事を提案しようと思います。
まず、例をあげるという事について、生命が絶対的に必要な事を仕事としている人々について例にしようと思います。
次回があるかは反応次第ですが、まず今回は【食べる】という生命存続の上で絶対に無くならない行為を生業にしている【飲食業】を例にあげ、団塊以前の人々が批判する若い世代と、団塊以前の人々が作って来た世の中、そして団塊の世代に対する、次の世代の評価、そして未来への提案をします。
まず飲食業を行っている店の方々と話をすると、苦労をして店を造ったという話を良く聞きます。
金が無いところから、屋台を引き、お客さんの厳しい評価を貰いながら、それを改善し今の店を築いたというのが、繁盛店の歴史です。
こういった先代の頑張りが、今の日本の大部分を支えています。
さて、それに対して若者は、働きもせずニートに成ったり、昼夜逆転したり、やる気が無い。
そんな評価を聞きます。
先代と比べても正にその通りだと思います。
これが現代の若者の”見た目”の実情です。
さて、上記を例にした事に対する団塊の世代に対する私の評価です。
まず屋台を引き、頑張って今の店を築いた団塊の世代は、今の日本を作りました。
そして、それらを動かしているのは今も団塊の世代です。
家庭をかえりみず、寝ている子供を起こしてまで酒を浴び、自分が一家の大黒柱だと誇示してきた世代です。
①幼少時代に生活リズムをきずけない場合、これが大人に成っても病に成る事はあるようです。
団塊の世代は、これを今の若者のだらしなさだと言います。
②団塊の世代が起業する為に作った屋台。
頑張れば最後には店を持てるという実績を私達に見せてくれました。
そして、誇らしげにそれを若者に伝えています。
仮に若者が同じ道を歩もうとした場合どうなるでしょうか?
保健所に行って聞いた事があります。
--現在屋台は、世襲も新規開業も認められず、今後無くなって行く方向--
という事です。
若者が起業したくても、屋台はできないという事です。
さて、団塊の世代の話す起業への武勇伝を目を輝かせ見つめた子供の頃の若者達。
そして成人した後に、夢に持った若者が直面した【屋台は作れない】という現実。
団塊の世代は、役所が悪いと言います。
私は思います。
世代を大きな一塊として見た時、屋台を作って今の日本を作ったのも、屋台の新規出店を出来なくしたのも団塊の世代です。
例えば、屋台ならばリスクが少なく失敗しても再スタートできます。
しかし、皆さんが作った今の時代は、若者であれ高リスクの起業をしなければ成りません。
やる気もアイディアもある若者でも、社会の流れの中で失敗を経験した時、再スタート出来ない高リスクな世の中です。
戦後日本を経済大国にしたのも、今定年する時、国の借金670兆円を残すのも団塊の世代です。
国が悪いから自分達は悪くないと聞こえて来る気がしますが、先ほど述べた世代を大きな一塊で見た時は、そういう事です。
さて、団塊の世代には聞き苦しい事ばかりのべてきた前回と今回のアーカイブですが
これは私が団塊の世代の親を持ち、そして今後日本を担う世代に成らなければ成らないという自負がある故、今後の日本にとって、この世代間の人類始って以来ともいえるギャップは、適当に済ます事が出来ない問題であると考えています。
そこで、これからの団塊の世代の役割を若者の目から提案いたします。
まず年金問題ですが、若い人間よりも経験も実績もあるのだから、自分の子供たちが働くよりも自分が働いた方が稼げると思っている人が多い気がします。
そして、これからも稼いで年金受給を返上するという事を言う人立派な考えを話す人もいます。
しかしこれは間違いです。
団塊の世代が生まれる前、世襲という制度があり、隠居という制度がありました。
これは、家を存続させていくために、自分が退いた後の様々な伝承に空白期間を作らないために、隠居という立場から、次の世代を作り上げた制度です。
これは、家というものを国というものに置き換えても間違い無いですし、地球というものに置き換えても間違いの無い考えです。
今の個人主義的な段階の世代が考える子供に迷惑をかけず、自分で稼いで自分で死んでいくという考えは、一見格好いいようですが、死後役所関係の書類を提出するのも、葬儀を上げるのも、墓参りをするのも自分の次の世代であり、お寺にお金を払うのも次の世代ですので、全く子供の世話に成らないという事は不可能です。
少々極論とは成りますが
子が親を育てるのは、生命にとって当たり前の事であります。犬でも猫でもそうです。
しかし、子が親を送るのは、人間だけです。
人間に生まれたからには、子に送られる事を放棄する団塊の世代は、尊敬に値しません。
ですから団塊の世代は
子に老後の世話をお願いをしましょう。
働いて稼ぐのではなく、仕事とその収入を次の世代に明渡し、若い生産性に次世代を任せ年金で暮らしましょう。
もしも、これらを実効する自信が無いならば、それは団塊の世代がやり残した事です。
人間の文化的な営みが誕生してから、団塊の世代の前まで脈々と続いて来た、人間の伝統です。
この伝統を次世代に引き継ぐのも団塊の世代の責任です。
厳しいようですが、親の世代まで当たり前に行って来た伝統を軽視した団塊の世代は、自分達が置き去りにしてきた自分の親に対する責任をこれから取り戻す責任があります。
親の世代の団塊の方々へ言います。
心から分かり合えれば
子は親を裏切ったりするものか。
これからの団塊の世代は
個人が何ができるかではなく、その世代全体で何ができるかという事が需要です。
脈々と伝統を守って来た方もいます。
個人の収入に拘って生きて来た人もいます。
国造りと称し、自分達が当たり前に行って来た事を過剰な考えで次の世代に渡さなかった、先ほどの屋台の例もあります。
技術伝承
意識伝承
歴史伝承
自分達が受けた
アメリカと中国から押付けられた教育
もう一度自分達の親の【世代】を尊敬するところから始めてはどうでしょうか?
そして、若者をサポートしてください。
団塊の世代以前が現役で世の中を動かしている中で、私達はすでに、私達の次の世代に引き継ぐという事を考えています。
私達は活躍する事無く消え去る隙間の世代ですが、未来に国を引き継いで行く事の尊さを知っています。
私達若者は、団塊の世代の経験、財力、技術、これを今すぎにでも欲しがっています。
是非頑張る事が出来ない世の中で、団塊の世代が【自分】ではなく、【国】という物を考え、経験のある人はその経験を無報酬で若者に伝えてもらい、技術がある人はその技術を無報酬で若者に伝えてもらい、財力のある人は、技術や経験を持った人を金銭的にサポートしてもらい、そして屋台を引けない世の中でも、若者が底辺から上を目指せるような【屋台基金】を設立していただきたいと願います。
今の経済大国日本も
670兆円の借金の行き先も
屋台を引けない世の中を造ったのも
若者が生きている今の世の中を造ったのも
団塊の世代です。
そう今皆さんが嘆く日本も
今皆さんが誇りに思う日本も
すべて団塊の世代が造った日本です
今のままでは、±0 どころか 歴史上マイナスの評価に成るなのではないでしょうか?
日本人は潜在的に、こういった問題を世界が驚くような方法で解決してしまう民族です。
それは、個人よりも八百万を見て生きて来た先祖の伝統があるからではないでしょうか?
団塊の世代の皆さん。
あなた方が先頭に立ち、自分達の行って来た国造りを自分達で評価し、自分達の人生を誇りに思えるように作り変える事ができる時間は、団塊の世代というパワフルな人々が大多数生きている十数年しか無い事を踏まえ、日本の若者が取り返しのつかなく成った未来を皆さんから引き継ぐ事は避けなければ成りません。
これを変える力が団塊の世代にはあるはずです。
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