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靖国

日本国に命を捧げた英霊に感謝する。
本来毎日でも感謝したいものだが、英霊が守った日本という国で生きる我々は、英霊に感謝する事よりもまず、英霊が残してくれたこの日本という国で、生きる義務を果たさねば成らぬ。
ゆえに8月15日の終戦記念日が、日本の風土に根ざしたお盆という風習と相まって、8月15日は慎ましく静かに英霊を含めた先祖に感謝するのには最適な日である。
黒船が来航し、それに端を発した明治維新。
この時代、鎖国していた日本の外では、人間同士が弱肉強食の世を生きていた。
簡単に言えば、白人が黄色人種や黒人の住んでいた平和な土地を略奪し、それを殖民地や国土としていた。
日本もまた、青森県にある日本中央の碑から換算すると、その昔北方に権力が及んでいたであろうと予測できる旧満州(その昔はモンゴル帝国)を清国から再奪取し、モンゴル人にその土地を返しつつ、自国の資源調達をした。
アメリカ及び白人の世は、日本にこのモンゴルの利権を放棄せよと一方的に圧力をかけ、日本国は【利権を放棄して植民地化の道】を進むか【戦って国を守るか】の道しかなかった。
当然戦っても勝つ道は無く、【戦わずして国滅ぶよりも、子孫に列強と戦った誇りを残し、後にその誇りを元に国の復興の道を進めばよし】という心で開戦した事は、多くの資料からも明らかである。(通常マスコミでは報道されませんが、国立図書館や靖国に行けばあります)

私個人は、ABCに関わらず、戦犯が合祀されている事には正直問題を感じます。
それは戦犯の罪という事ではなく、戦地で散った命ではないという意味であり、日本国ではその論議がまだ昇華されていないからです。

しかし、戦地において【靖国で会おう】と遺書を残し散った英霊もまた靖国にいるのであり、死者がそこで会おうと言ったからには、遺族をはじめ英霊に感謝したいと思う人々は、靖国神社に参拝するしかありません。
分祀論も出ていますが、この漢字変換しても出てこない熟語である【分祀】ですが、国立墓地や国立追悼施設といった施設を作ったとして、そのには宗教は存在するのか?
政教分離原則からいえば、国立追悼施設に宗教が関与する事はありえないが、墓地という事は【追悼される英霊】とその遺族は、宗教の無いその墓に遺骨を入れる事に納得するのだろうか?
また、靖国の御霊祭りは、元々長野県の遺族が盆踊りを行った事に端を発する民間行事である。
民間の市民や遺族が作り上げて来た今の靖国神社に、日本の政治家が圧力をかけてどうする・・・

戦犯の合祀や分祀など、参拝とは全く次元の違う話である。

8月15日は
ただただ日本国を今に存続させてくれた維新から続く英霊達に静かに手を合わせるだけでいい。
それが日本人である。

私は主人を戦地で亡くした老婆を知っている。
彼女は曲がった腰で「生きている間にもう一回靖国に行きてなぁ」と言っていた。
遺骨は無い。
靖国神社には失礼な言い方ではあるが、そこには1枚の名前の書かれた紙切れがあるだけである。
そして靖国には・・・・
散った英霊の【靖国で会おう】という言霊が漂っている。
老婆は主人が言ったから、純粋にその言霊に会いに行く。
そんな老婆がいったい日本にどれほどいるのか・・・
せめて総理大臣が参拝して頂ければ・・・
このような余命幾許も無い老婆が・・・
いかに喜ぶ事か

過去に悲しみを背負っても
未来に何があろうとも
家族を奪われ満たされぬ生きた魂たちは
今救いを求めている
それら家族のために
この国の首長が散った命に手を合わせる事の何がおかしいというのか

遺族の心情を考えず
ただ無知に参拝に反対するこの国に住む住民たちは
日本人ではなくホモサピエンスである

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